チンパンジーは何故人間に守られて生き延びているのか

今日はちょっと難しいお話。

出自は私の大好きな漫画、魔人探偵脳噛ネウロから。

タイトルは主題ではないですよ。

始まりの言葉・・・といったところでしょうか。

「何故チンパンジーは人間に守られて生き残っているのか?」

理由は簡単。

頭が悪かったから。

もっと優れた類人猿はかつて存在していました。

何故、現代にはチンパンジー以上の類人猿がいないのか?

理由は簡単。

頭が良かったから。

彼等は当時のヒトに打ち滅ぼされてしまいました。

この話の主題は

「進化の隣人」です。

漫画では「近いほど怖い」という話が絵を交えて話されます。

ここはテキストのみのブログなのでもうちょっと詳しく書いてみましょうね。

仮に我々と近い類人猿がいたとしましょう。

もちろん。我々よりは、進化の段階が一つか二つ遅れている前提で、

知能的には・・そうですね。

4つか5つの人の子供と同じくらいだとしましょう。

身体能力的には成人で、我々よりも少し劣る程度の、「野生のヒト」です。

想像してみてください。

その進化の隣人の姿を。

想像してみてください。

その進化の隣人とのコミュニケーションの難しさを。

想像してみてください。

その進化の隣人と出会うシチュエーションを。

想像してみてください。

その進化の隣人のこちらに対する感情を。

とても同じ空間に二人きりではいられません。

だから、過去のヒトは滅ぼしたのです。

我々と近い存在で異なる存在を。

過去、侵略を繰り返してきた歴史を我々ヒトはもっています。

日本の「妖怪」

北欧の伝説の「ゴブリン」

もしかしたら、彼等もヒトにあらざるモノ、

「進化の隣人」の生き残りだったのかもしれません。

現代であれば、そのような事は考えにくいかもしれません。

我々は知能が高く。異なる種族(白人、黒人、黄色人種等)でも手を取り合って

生活しています。

それは異なる種族の存在が深く認知され、影響範囲がわかっているからです。

ただし、今ここで語った「現代」は、我々よりも劣る進化の隣人の存在についてです。

我々の想像を超える知能と肉体を持ち合わせた進化の隣人が表れた場合。

彼等は我々の予想や予測を超える対処をしてくるでしょう。

それは、明日か、百年後か。

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諦めるな

諦めたらそこでおしまいです。

何事も。

ありふれた言葉ですが、

おしまいなのです。

その先はあきらめ続けている限り、

決して訪れません。

例えば一人の男が今、困難に立ち向かっているとしましょう。

そして男は困難の途方もなさに、膝をつき、肩を落とし、諦めます。

男は周囲にこう言うでしょう。

「私は挑戦したが無理だった。だから私にはもう無理なのだ。」

それで?

その言葉に何の意味があるのでしょうか?

私からすれば、このたとえ話の男の言葉は自分自身の可能性を永久に閉ざす言葉に他なりません。

どのくらい挑戦したのでしょうね。

1週間?

3ヶ月?

一年?

十年?

どれだけ時間とエネルギーを費やそうと同じ事。

自分自身で諦めを正当化してしまえる努力にどれほどの価値がありましょうか。

まして、それを「やってみたが」などと口にすることもおこがましい。

自分の行いを今後も含めて最大限と評する事が出来るのは愚か者のすることです。

彼は負けたのです。

これが自分自身に負けるという事なのです。

力のなさを実感しなさい。

負けを認めなさい。

負けを認めたくなくば、更なる努力をしなさい。

負け犬が開く口などはありえないのですから。

但し、

時間と比較して、

今これに時間を費やす事を一時的に後回しにすることは良い事でしょう。

それは諦めではなく前進なのですから。

山頂に至る道は一つではないのですから。

今勝てぬのなら、手に入れられないのなら、

勝てる力、手に入れられるだけの力を携えて、

また挑戦すればいいじゃないですか。

そう言う私は、

一時的に後回しにしているもの、た~くさんありますが、何か?

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無個性な結末

ボーダーを越える。

ボーダーをなくす。

ボーダーは人が作ったモノだ。

例えば、この世界のどこにも国境などはなくて、

例えば、この世界のどこにも貴方達と私の違いを認めるものは存在しないのだ。

「差別を無くしたい」

最初はそう思っていた。

比べる、比較する事で、人は前に進む事が出来る。

それと同時に差を生む。

そんなのはたくさんなんだ。

見ていていたたまれないし、自分がそんな立場になるなんて真っ平ごめん。

私から始めよう、行動で示そう。

「ボーダーをなくす」

そのうちそう思うようになった。

私と貴方達の違いは?会社?生まれの違い?年齢?国籍?性別?

必要ないさ。

私と貴方達が会話をするのに必要ではないのさ。

私という人と貴方という人。

それで十分。

「無個性な結末」

ふと気が付いた。

それでは、個性を殺してしまうパターンが存在する。

貴方達も私も同じでは、何も進まない。

それでは発展は生み出されないじゃないか。

それではいけない。

「あんたと俺は違うのさ」

私はいつしかそう『言う』ようになった。

良くも悪くも自身の個性を言葉に出すようにした。

そして、良くも悪くも相手の個性をコッソリ『認めている』。

その結果お互いの不合理を感じてモメる事もある。

でもそれでいい。

それは個性の表れなのだから。

相手の存在を消してしまおうなどと考えなければ、

それは猫がじゃれている事と同じだから。

但し

これは友人に対してのみ。

外敵は別。

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表現しよう!

今日は久々にベースのお話。

いや、私の音楽への情熱というかな。

私は、いわゆる難しいプレイが出来ないんですよ。

そして難しいプレイをしたいと思わないんですよ。

難しいプレイをしたいと思わないから出来ないのか、

難しいプレイができないからしないのか。。。

今まで8年間、それはどっちなのか良く分かんないんですけどね。

只、今確かにいえる事は、私には必要ないって事。

私のベースの目的とか、狙いはそこではないんだなーと最近感じます。

負け惜しみじゃないぞ!(笑)

今、このときの私がベースを弾く狙いは、、、、、うーん。と

一言でいうなれば「調和」という言葉になるでしょうか。

聞き手(メンバーも)をピョンピョン乗せたり、しっとりさせたり、

ベターなラインを刻んでみたり、

イキナリ前に出たり(音の話ですよ)。

そういった行動が調和なんです。

うーん。分かりにくいですね。

目立つ必要もないし、サポートに徹してやる必要もない。

3~5分の一曲の中で必ず、そういった瞬間は移り変わるので、その瞬間を見逃さないようにスパッとベースが入るように心がけています。

そんなところでしょうか。

目的は、あれですよ、あれ。

「サルでも弾けるベースライン」

是につきます!

ベースのフレーズって簡単なフレーズでいいと思います。

難しいことや派手な事は他のパートがやってくれますから(笑)

ベースってホント楽チンなんですよ。

但しそこには「自分」があることが必要です。

かつて私のフレーズを弾いて「できた!」。

と言っていた人たちがいました。

でもいずれも彼等の「自分」ではありませんでした。

彼等的には「できた」のかも知れませんが、、、、

少なくとも私とは価値観が違うようです。

画家は自分を使って「絵」を書きます。

そこには紛れもない「自分」が存在します。

そしてそれは画家だけにとどまる話ではありません。

料理を作る事、部屋のインテリアを作る事、または歩き方などなど、

人の生み出すものには少なからず「自分」があります。

私はそれらが芸術であると考えています。

怒りをあらわしたいときの絵はみなさんどのように描くでしょうか?

祝いの席での料理はどのようなものを作りますか?

疲れを表現するときの歩き方は?

私はソロでは演奏しませんのでバンドでの活動が多いです。

バンドの場合は複数名で一つの作品(3~5分程度の一曲)を作ります。

メンバーが表現しきれない部分、

例えば楽器の持つ特性的に自身の楽器よりも他のパートのほうがより優れた表現を行える、物理的に量が多い、少ない等など・・・

複数名で一つのものを作る喜びをもっとも手軽に楽しめるのがバンドだと考えています。

あれ?

バンドの話になりましたね。

まぁいいか。

様はあれです。

私のベースで心がけている事は「表現する事」なのです。

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闘いとはいつも2手3手先を考えて行動するものだ・・・

で考えてダメなときは突貫するのだ!

まず!会社の経営が危ないため、わが社の全従業員の給料が10%カットになった!

それはいい!

次に社内待機の人間が出た場合、その人間の給料はさらにカットされるらしい!

というわけで資格をもってない層は大ピンチ!

資格試験を勉強しているけど、毎日終電(4ヶ月連続)!

無理!

でマニョマニョ煮え切らない思いを募らせていたんだけども、

開き直ったぜ!

給料20%オフに達した時点で会社を辞める!

私から天の川がなくなったので随分資金面では有利になった!

いける!

基本的なmicrosoftのソフト!

けっこう使える!

但し!もし会社を辞めても資格試験は受け続ける!

負けねえぞ!

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理想を語るには、それに見合った力が必要

さぁ、いつ更新されるやも分からない日記をごらん頂いている皆さん。

こんばんわ。ジャックです。

イキナリですが、ジャックは今、とてつもなく弱っています。

気持ちのコウウツの波がすんごいスピードで流れます。

みんなで共同作業しているときはいつも通りですが、

うちに帰ると何もしません。

なにも。です。

みなさんの知っている無限の元気の保持者は此処にはいません。

おかげさまで、プライベートの色々な予定が無茶苦茶になってしまいました。

ご迷惑をお掛けした皆様、本当に申し訳ございません。

なぜ、こんな状態になってしまっているのか全く分かりませんが、無気力の塊になってしまっています。

で、そんなコト言ってても世の中や周りは動いているので、徐々に復帰に向けて慣らして行こうかと。考えていました。

しかし、それでは間に合わないものもあります。

大切な、大切なモノを失くしてしまう事になります。

と言うわけで知人の紹介で、心療内科なるものに行く事にしました。

恐らく、

「あ~あなたションボリ病ですね。ヤリタミンを処方致しますのでこれでやる気100倍ですよ」となる予定。

まだまだこんな所で終わるわけにはいかんのです。

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【技術者】コンパイラ

さてさて、何故こんなに急ピッチで日記を書いているかと言うと書かないと現在においつかないからです(笑)

さて、前回cygwinをインストールし、C言語の開発環境が出来たっぽい・

までは行ったのですが、具体的にどうするかサッパリ。

普通ツールとかってインストールしたら、フリーだろうが、シェアウェアだろうがREADMEファイル(説明書)付いてるじゃないですか?

それがない!

と言うわけでまたもや広大なネットの世界にダイブし、知識を断片を拾い集める事に。

ネットで色んなもの検索って、初めのうちはなんやよう分からんのですけど、慣れてくると段々探したいものをピンポイントに近い状態で呼び出すキーワード見たいなんが分かってきます。

平たく言えば

融通の利かない検索サイトってヤツが居たけど、最近ヤツの癖が分かるようになってきてうまくやってるよ。

みたいな。

で、見つけましたよ。

cgwinのコンパイラの使い方。

何か、cygwinて昔のDOSプロンプトみたいにコマンドで打っていくんですね。

$ cd 直下のフォルダ名

で今のフォルダの直下のフォルダに移動します。

Windowsでゆうたらフォルダをダブルクリックする動作に該当します。

C言語ってのはテキストに書いたコードです。書いた文自体には能力はありません。

それをコンパイラってソフトに放り投げると、exeファイルを作ってくれるんです。

その投げ方が分からなかった・・・

例えば・・・

点数入れて試合終了時点で点数が多いほうが勝つのはわかった。

けど、どうやったら点数はいるの?相手チーム全員をこのボールで倒せばいいの?

みたいな。

んで、見つけたコマンドがこれ。

gcc -o .exeの前につけるファイル名 元になるソースコード(テキスト文章)

例えば、file.cってテキストファイルを作成したとします。

で出来上がったexeの名前はjackにしたいとします。

gcc -o jack file.c

みたいな。

コマンドで操作するということに慣れていないもので、

誤字に気付かず(例:gcc -ojack file.c等)、

コンパイルが通らないよ~

とネットを検索したり・・・

そんなこんなでこの日記に書いてる分を成し遂げるだけでも8時間も調べモノしてました。

でも、めげません。

少年老い易く学成りがたし

です。

さて、C言語はテキスト文章に色々書いて実行するのですが、二つのCファイルが絡む場合は どう記述すればよいでしょう?

いくつかのファイルを纏めて一つのexeを作る事は可能であるはずです。

でないと、実際の製品は何百万行というソースコードになってしまいます。

しかもそれをたくさんのプロジェクト関係者が変更したり改造したりするわけです。

それでは業務として成り立ちません。

なので、例えば、機能ごとに分けたものを一つの製品プログラムとして出力する事が可能なのです。

例:携帯の音楽系とメインの電話系、メール系など。

その環境を構築するのがまた苦労してんです・・・・

その話はまた今度

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【技術者】cgwin

メリーさんから、「自宅のPCにcygwinいれてくんねぇかな?」といわれた。

調べて分かったのだが、cygwinとは、UNIXで使われているGNUの開発ツール群をWindows環境にて使用させる為のフリーソフトウェアらしい。

その時使っていたC言語の開発環境が、

別々のファイルに記載された、ソース

を組み合わせて、実行ファイル(exe)を作るときに、makefileと呼ばれるモノを作成しなければならなかった為だ。

これも調べて判明したのだが、makefileは拡張子をもたないファイルで、そこに組み合わせて使用したいソースを決められた記述方法で記述しておけば、分割されたソースが正常にコンパイル(exeファイルを作成してくれる)というものらしい。

で、メリーさんいわく、

「cygwinにもC言語をコンパイルできる機能(ツール)が入っているから、どうせなら、現場でも良く使われるcygwinに慣れる意味でもCygwinを使って勉強したほうがいいんじゃないかなぁ?」

とのこと。

というわけでcygwinを探し出しインストール手順が記述されているサイトを読み漁り、cygwinのインストールを行った。

cygwinのイメージは、昔のMS-DOSのような画面が立ち上がり、そこにコマンドを入力して機能を使う、

「シェル」

と呼ばれるモノがメインとなる。

かといって、WindowsとUNIXの二つをPCにインストールするわけではなく、Cドライブ直下に「cygwin」というフォルダが切られ、その下にいくつかの機能が格納されたフォルダと、Cygwinを立ち上げたときのルートディレクトリ(Windowsのマイコンみたいなイメージ)となる「home」フォルダが作成される。

また、cygwinから呼び出すコマンド(GNUのツール群)もインストール時に選択できるようになっている。

そのときインストールしなくても、後でsetup.exeを選択する事で、差分のみ追加インストールする事ができる。

さて、コレを使ってC言語の開発環境を整備していくわけだが、それはまたの機会に。

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【技術者】発端

組込開発技術者になる為の、個人的な学習内容に関して記述する。

現在JACKは、この不景気の中、次の現場が決定するまで自宅待機(給料は今のところでている)である事を憂慮し、自宅で組込開発技術者の業務に耐えうる為の学習を行っている。

10/11(土)

社内での勉強会に先輩技術者(以下、メリーさん)からお誘いを受けた。

メリーさんは1年程前から開発現場で働きだした技術者。

以前は雑誌の編集など行っていたが、限界を感じて転職。

現在入社3年目だが、同期入社の誰よりも勉強し、組込開発において深い知識を有している。そして誰よりもoasisファンである。

そんな彼は、何かを作成する目的で(何かはまだ決まっていない)休日に会社のトップランカー二人と電気基盤を用いて、会社に集まっている。

空の電気基盤に、機能を選別したOSを焼きこみ、作成したプログラムを焼きこんで1からものづくりをしようとしている。

そこに参加しないかといわれたのだが、技術不足からベテラン先輩技術者(以下、クラブ)から「もうちょっとC言語を取り扱う力をつけてから参加して欲しいね~」といわれた。

当然である。

やっている本人達もいっぱいいっぱいのところに初心者が加わればどうなるか?

業種として、基本的な事項の質問にいちいち答えていたのでは、プロジェクトが全然前に進まない。

と言うわけで、自宅のC言語環境を使ってC言語のテクニックを身につける事にした。

これが全ての発端。

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健やかに生きること

畏れる事なかれ

考える事なかれ

侮るなかれ

奢る事なかれ

精気滾る肉体と

巨象のごとき心臓を持ち合わせ

自分の思うがままに生き

自分の思うがままに死ね

そして今日の健全を守れ

だからオイラはクックドゥー

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