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2009年3月

表現しよう!

今日は久々にベースのお話。

いや、私の音楽への情熱というかな。

私は、いわゆる難しいプレイが出来ないんですよ。

そして難しいプレイをしたいと思わないんですよ。

難しいプレイをしたいと思わないから出来ないのか、

難しいプレイができないからしないのか。。。

今まで8年間、それはどっちなのか良く分かんないんですけどね。

只、今確かにいえる事は、私には必要ないって事。

私のベースの目的とか、狙いはそこではないんだなーと最近感じます。

負け惜しみじゃないぞ!(笑)

今、このときの私がベースを弾く狙いは、、、、、うーん。と

一言でいうなれば「調和」という言葉になるでしょうか。

聞き手(メンバーも)をピョンピョン乗せたり、しっとりさせたり、

ベターなラインを刻んでみたり、

イキナリ前に出たり(音の話ですよ)。

そういった行動が調和なんです。

うーん。分かりにくいですね。

目立つ必要もないし、サポートに徹してやる必要もない。

3~5分の一曲の中で必ず、そういった瞬間は移り変わるので、その瞬間を見逃さないようにスパッとベースが入るように心がけています。

そんなところでしょうか。

目的は、あれですよ、あれ。

「サルでも弾けるベースライン」

是につきます!

ベースのフレーズって簡単なフレーズでいいと思います。

難しいことや派手な事は他のパートがやってくれますから(笑)

ベースってホント楽チンなんですよ。

但しそこには「自分」があることが必要です。

かつて私のフレーズを弾いて「できた!」。

と言っていた人たちがいました。

でもいずれも彼等の「自分」ではありませんでした。

彼等的には「できた」のかも知れませんが、、、、

少なくとも私とは価値観が違うようです。

画家は自分を使って「絵」を書きます。

そこには紛れもない「自分」が存在します。

そしてそれは画家だけにとどまる話ではありません。

料理を作る事、部屋のインテリアを作る事、または歩き方などなど、

人の生み出すものには少なからず「自分」があります。

私はそれらが芸術であると考えています。

怒りをあらわしたいときの絵はみなさんどのように描くでしょうか?

祝いの席での料理はどのようなものを作りますか?

疲れを表現するときの歩き方は?

私はソロでは演奏しませんのでバンドでの活動が多いです。

バンドの場合は複数名で一つの作品(3~5分程度の一曲)を作ります。

メンバーが表現しきれない部分、

例えば楽器の持つ特性的に自身の楽器よりも他のパートのほうがより優れた表現を行える、物理的に量が多い、少ない等など・・・

複数名で一つのものを作る喜びをもっとも手軽に楽しめるのがバンドだと考えています。

あれ?

バンドの話になりましたね。

まぁいいか。

様はあれです。

私のベースで心がけている事は「表現する事」なのです。

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